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地図で遊ぶ 松田徳太郎
◆お絵描きソフト
近頃、もう殆どの人は机上のコンピュータとプリンターのお世話にならずに、日常の雑事や買い物、社会とのコミュニケーションをとることが出来ない状況になってしまった。 是を持って便利な世の中になったと謂うべきか、中毒症状だと反省して抜けでる算段を講ずるかは選択の自由だが、少なくとも写真が手軽に自宅でプリントできたり、下手な筆跡に悩むこと無く手紙を送り、ワインから古本に到るあらゆる買い物が財布を持たずに手中に出来、解らんことはウィキペデイアに聞いたりする重宝さはもう手放すことが出来なくなっていることは認めざるを得ない。そろそろ年賀状の季節になると昨年作った原稿を呼び出し、一寸だけ手直しをして複数パターンを作りたちまち300枚の義理が果たせる手抜き作業で年末を乗り切ることも、今では相互共通になって罪悪感から開放されれる功徳も手に入れた。これは慢性中毒というのかも知れません。
ところで皆様、年賀状といえば、どんなお絵かきソフトをお使いでしょうか?。ワードで「はがき」を作り、デジカメのJPEG 写真、又はソフトに附属する適宜のサンプルを取り込んで賀詞を書き込む、という方が多いのではないかと思います。一太郎でも同じです。
一寸だけ前に進んで写真の加工、文字の変形、色彩の変化など付けたい場合にはお絵かきソフトが必要ですが、イラストレータなどのアドベ系は少々高価なので、私は一太郎と花子を利用しています。今年9月、明石書店から上梓された関根正男さんの「日本・アフガニスタン関係全史」に載せていただいた「アフガニスタン行政州区分図」も、氏のあとがききに「専門技術によるもの・・・」と紹介されましたが、実は「花子」によって年賀状と同じ要領で作ったもで、決して専門も特殊も必要ない唯のお絵かきで作れるのです。
「はがき」に較べ少々大きなA-3版の画面に、全てフリーハンドで国境、河川、都市、山頂、遺跡、道路網などを書き込み、最後に文字を打ち込んで巨大年賀状を完成させました。10月21日の定例会で、貴重な時間を拝借して、その作り方の一端を報告させていただきましたが、当日プレゼンに使用した映写ソフトも一般的なマイクロソフトのパワーポイントではなく、ジャストシステムの「花子」作図中の作業状況をそのままお見せしたもので、作図に使う拡大、縮小、移動、画面上のメモ記入、投影画面のページ交換、選択自由のスライド機能、などの全てが「花子」の持つ基本機能だけで表現できます。「花子」の便利さは「プレーン」(一般の作図CADソフトでは「レイヤー」と呼びます)が背景を別に16枚利用出来ることで、山脈のプレーン、河川の・・、都市名称の・・、 道路網の・・、などと区分けして書き込んでおくと、プレゼンの解説で強調したい、たとえば「州名だけ」の話題の場合には州名以外のプレーンを off にすると投影画面には州名だけが現れる、というようにプレーンを便利に使います。同じ要領で「先史時代の遺跡分布」「仏教遺跡分布」「軍閥(又は民族)と州の領域 」「灌漑水路と農地」「言語分布」などなど1枚の地図に多様な情報をプレーン別に一つのファイルに蓄積して地図上に必要な件名だけを取捨選択し、それぞれ別個の用途毎にカラーでプリントアウト又は投影が可能です。
CP上の原稿の大きさをA-1版の大画面にすれば、膨大な情報を書き込むことが出来、プリントアウトはA-4版というように自由に縮小が出来ます。
◆現在34州
今回はアフガニスタンの行政地域区分の最新状況を基に最小限の主要道路、都市、州名などをB-4版のサイズに仕上げる、というコンセプトで、最初に関根さん提供の国連作製行政区画図をベースに、革命前28州だった行政区分が現在では34州になっている現実の境界線を確定することから始まった。ロシアの侵攻、内戦、軍閥の分捕り合戦、新政権の樹立等の複雑な力関係で変更された為か、州境、州都の詳細も不明確だったのを関根さんがアフガニスタン大使館で確認する傍ら、ネットサーフィンにも頼った。
ネット上にはアフガンに関する様々な分析を示す地図が溢れているが、行政区画を示すものが少ないのが不思議。外務省の公式ホームページ(www.mofa.go.jp)に公表されている行政区画図にすら最後の新設州、小生にとってはマスード将軍の記憶と切り離せない「パンジシール州」は今もって未記入。同じく国連系のUNOSAT図も同様。 '04年3月8日の "タイム" 紙に載った軍閥による分割合戦図も33州で不十分。ダウンロードに1枚当たり$20が必要な Peter Loud のページではタリバーンのトラボラ地区の詳細まで含む精巧で上質な地図上に,著作権を示すマルCマークは随所に記入されているが34州の記入はは無い。NHKが中村 哲先生の活動を記した今年7月刊のテキストに載る活動地域図も新設の「ヌーリスタン州」は無く「クナール州」のママだ。最後にテキサス大学のマップハウスのようなページに 国連制作 '05年10月、改訂5版 の地図で34州を記載したもを見つけ、関根氏基本図を5版図で修正することで漸く国境、州境のトレースが始まった。 ここまで「州」と書いたが、前掲外務省図では「県」であり、国連図に示す「州?」内小区画が県なのか「郡」なのかは不安のママになっている。 一日も早くアフガニスタン政府自身が作製した正確な地図が出版される日が待ち遠しい。
◆日本語表記について
「州」「県」だけではない。横文字を日本文字で表記することも悩みの種。一般に利用可能な地図は殆ど英語表記が多く、それを日本語に遷すと例えば一般には「コナールor クナール」が今回は「クナル」、「ナンガルハール or ニングラハル」は今回「ナーガラハール」、「ファラー」は「ファラーフ」と表記された。明石書店の本なので、前に出版された「アフガニスタンの歴史と文化」の統一表記に合わせたためで、ペルシャ、ダリ語に強い方々から、この表記に不満を示され、数十カ所のダメを指摘されたが、統一表現一覧に合わせることを第一優先と決めて、一覧に記載のない単語は関根氏、柴田氏の指摘による現地語読みに近い表記とした。この問題は全ての出版物で必ずぶつかる問題で、どこかで本格的に議論を深めてもらいたいことだと痛感する。私事で恐縮だが暫く前のこと、ミンタカ、キリック峠に大谷探検隊通過後100年を期してトレッキングした折り、GPSで通過地点を計測し、ガイドに部落名などを英文で記録させ、帰国後ルートマップを作製して発表したところ、前年に同経路を踏破して、その資料を提供してくださった先輩からおしかりを受けた。先輩はミスガルからブルシャスキーのフンザ人ガイドを雇い、小生は東京で契約したワヒ人のガイドに頼ったのが事の始まりで、記録した土地名称の英文表記がワヒとブルシャスキーでは異なったのだった。現地主義に拘ってもかくの如きだから、参考原本の英文表現や、聞き取り現地音の記録の根拠、信頼度はどの程度普遍的なものか疑問は尽きない。 隣国タジキスタンの例だが最近UNESCO、ACTEDなどがスポンサーでスイスで出版された英文表示のパミールトレッキング図などは驚くほど美しく且つ詳細を極めるが、現地入手のタジク語詳細地図とは部落名などが全く違う箇所が随所にある。新興国のルート図作りはその手の悩みを引きずることが多い。
◆ 手に入る地図
書店で一番簡単に手に入る中央アジア周辺地図といえば,30年の昔も今もやはりUSAF のナビゲーションシート、1/100万、1/50万 図だろう。30年の昔、玄奘の西域記を読むときはこの地図数枚を8帖の部屋1面に拡げた上に座布団を置いて座り、記録のルートをたどりながら読んだものだ。その頃、丸善で3ヶ月掛けて取り寄せたアフガン、パミールあたりには所々衛星写真の不備で白抜きのところがあったり、元々この地図はパイロットが2万フィートほどの上空から地上を目視したときに効率よくチエック出来るように作られているらしく、遺跡、独立煙突、鉄塔などは書かれていても、我々が蟻のように地を這ってトレッキングするためのルート、部落名、渓谷名称などには冷たい地図なので、玄奘や法顕、宋雲、高 仙芝などのルートを追体験するのはどだい無理な地図なのだ。その点英国版、ソ連版の1/100万、1/50万 図は、政治的、武力侵攻的側面の必要性か、地上道路、部落名は豊富で、1万メートル毎の格子線も入った便利なもので、トレッキングにはそれらの関係部分の記された地図がどうしても必要になる。昨今ではカランバール川以東、印パ停戦ライン付近までのカラコラム山塊についてはスイス版の詳細地図(3葉)が容易に入手出来、便利になったが、チトラル周辺から印パ停戦ラインまでの広い範囲の同種図では、宮森常雄著「カラコルム・ヒンズークシュ登山地図」全13枚(ナカニシヤ出版 2001年)が圧倒的に優れ、他の追従を許さない。山脈、河川はもとより地名、標高、初登、通過踏査した先人の記録に到るまで完璧に網羅されている。残念なのは北緯37度以北。ヒンズークシュの西側、即ちアフガニスタン・ワハンとタジクパミールが 含まれていない。 もし既刊図と同様なパミール、アフガニスタン図が発刊されたら一大快挙で小生などが観よう見まねで拙い部分ルート図など作って遊ぶ余地は無くなってしまう。ワハンの開放はまだ遠いが、タジクパミール地方については長年に亘って登山家、トレッカー垂涎の地であったのに今では欧州サイクリストのレジャー街道化しつつある昨今、一日も早い出版を望んで止まない。
( 2006年9月 記 )
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